錦織圭さんは、2014年の全米オープンで準優勝し、2015年には世界ランキング4位まで上り詰めた日本を代表するプロテニス選手です。
2026年4月30日には今シーズン限りでの現役引退を発表しました。日本オリンピック委員会(JOC)も、全米オープン準優勝やリオデジャネイロ五輪銅メダルなどの実績とともに引退発表を伝えています。
世界トップクラスまで駆け上がった選手だけに、「実家は金持ちだったの?」「父親は会社社長?」「どんな家庭でテニスを続けていた?」と、生まれ育った環境も気になるところです。
錦織圭さんは島根県松江市で父・母・姉と育ち、幼少期にはテニス以外にも水泳やピアノ、サッカーなどを経験しています。一方、13歳からのアメリカ留学では外部の育成基金による大きな支援を受けていました。
松江の実家や両親の職業、幼少期の習い事、家族によるテニスの支えまで紹介します。
幼少期から水泳・ピアノ・サッカー・テニスを経験し、テニススクールや遠征を継続できる家庭環境がありました。家族も長く競技活動を支えています。
具体的な資産額や世帯年収は公表されていません。13歳からのIMGアカデミー留学には盛田正明テニス・ファンドの支援があり、豪邸・資産家説を裏付ける主要報道も確認されていません。
※記事内で確認できる情報をもとに、実家リッチ名鑑独自の基準で判定しています。
錦織圭の実家は金持ち?松江の自宅や育った環境を確認
錦織圭さんの家庭環境には、実家が金持ちなのではないかと思われる背景がいくつかあります。まず、主な確認結果は次のとおりです。
| 金持ち説の背景 | 複数の習い事、テニススクール、遠征などを経験 |
| 実家の場所 | 島根県松江市郊外の2階建て住宅と報道 |
| 父親の仕事 | 森林土木の技術者を経て2008年当時は自営業 |
| 母親の仕事 | ピアノ講師 |
| 海外留学 | 13歳でIMGアカデミーへ。盛田正明テニス・ファンドの支援あり |
| 豪邸・資産家説 | 本人発信や主要報道で裏付ける情報は見当たらない |
幼少期から複数の活動に取り組める環境があり、家族も長くテニスを支えてきました。13歳以降の海外での本格的な育成には、盛田正明テニス・ファンドも大きく関わっています。
実家はどこ?島根県松江市郊外の2階建て住宅
錦織圭さんは1989年12月29日、島根県松江市で生まれました。
実家については、朝日新聞系のwithnewsが紹介したAERAの記事で、2008年当時、松江市郊外の住宅地にある2階建て住宅だったと伝えられています。
詳しい住所は本人から公表されていません。また、「錦織圭の実家は豪邸」と書かれることもありますが、主要報道から確認できる住居情報は、松江市郊外の2階建て住宅という内容までです。
錦織さんが世界的なスターになった現在の姿とは対照的に、少年時代のエピソードでは、松江の住宅地で家族と暮らしながらテニスに打ち込む日々が描かれています。
金持ち説の背景には複数の習い事とテニス遠征がある
錦織圭さんは、幼い頃からテニス一本に絞っていたわけではありません。
テニスマガジンONLINEによると、生後1歳頃から水泳、3歳頃からピアノ、4歳からサッカー、5歳からテニスを始めています。小学校高学年の頃には、テニスを週4回、サッカーを週2回ほど続けていました。
さらに小学1年生頃からは週3〜4日テニススクールへ通い、土日は遠征試合という生活になっていきます。父親も趣味だった釣りやゴルフをやめ、子どもたちのテニスに付き合っていたことが過去の取材で紹介されています。
複数の習い事や継続的なテニス活動を支えられる家庭環境は、実家が裕福なのではと注目される背景の一つでしょう。同時に、父親が自分の休日の過ごし方まで変えて競技に付き合っていた点からは、金銭面だけではない家族の支えも見えてきます。
13歳でアメリカ留学!費用面では盛田正明テニス・ファンドが支援
錦織圭さんの実家について特に「お金持ちなのでは」と感じやすいのが、13歳でアメリカへテニス留学した経歴です。
錦織さんは小学6年生で全国大会のタイトルを獲得し、その後、2026年のweb Sportivaでも紹介されているように、盛田正明テニス・ファンドの支援を受け、13歳で米国のIMGアカデミーへ渡りました。
IMGでの育成は高額ですが、錦織家がその費用をすべて負担したわけではありません。Number Webでは、盛田ファンドから支給される内容として、年1回の日米往復航空券、アカデミーの滞在費、学費、日本の通信教育費などが挙げられ、年間800万〜1000万円規模と紹介されています。
小学生のうちから全国で結果を残し、その実力が認められたことで、松江から世界へ挑戦する道が開かれました。
13歳で始まった海外生活には、航空券や滞在費、学費などを含む盛田正明テニス・ファンドの継続的な支援がありました。
錦織圭の父親は社長?清志さんの仕事やテニスの支え
錦織圭さんの父親は清志さんです。世界的なプロ選手を育てた父親だけに、「会社社長なのでは」「父親の仕事は何?」という点も注目されています。
清志さんは錦織さんに初めてラケットを与えただけでなく、少年時代には週末の練習相手となり、将来を見据えた競技環境づくりにも関わっていました。
父親の職業は森林土木の技術者!2008年当時は自営業
withnewsが紹介した2008年の週刊朝日の記事では、清志さんについて森林土木の技術者として働き、当時は自営業だったと伝えています。
また、大学時代にはテニスを経験しており、卒業後は地元の松江で就職。会社の社員旅行でハワイを訪れた際に、子ども用のラケットを購入したことが錦織さんのテニス人生のきっかけになりました。
一方、「父親は土木会社の社長」とする情報も見かけますが、今回確認した主要な資料では、特定の土木会社を経営する社長だったという裏付けまでは見当たりません。
「自営業」と紹介されたのは2008年当時の報道です。現在も同じ仕事を続けているかについては、公表情報を確認できません。
約3000円のハワイ土産がテニス人生の始まり
錦織圭さんが初めて手にしたラケットは、特注の高級品ではありませんでした。
日刊スポーツでは、父親がハワイへの社員旅行で買った3000円ほどの子ども用ラケットがきっかけだったと紹介されています。
父親は姉の玲奈さんと圭さんを連れてテニスを始め、自宅前での壁打ちや近くの公園、ゲートボール場などで一緒にボールを打ちました。その後、錦織さんは松江市内のテニススクールで本格的に腕を磨いていきます。
錦織さんのテニスは、高額な英才教育からではなく、父や姉とラケットを握るところから始まりました。
父親は将来の海外挑戦まで早くから考えていた
清志さんは、週末の練習相手をするだけでなく、圭さんが小学校4年生頃になると、将来は海外で挑戦させたいという思いを持つようになったと過去の取材で語っています。
地方からより高いレベルの育成環境へ進むには、全国大会で実績を残すことも重要でした。錦織さんは小学6年生で全国レベルの結果を残し、その実績が後の海外挑戦へつながっていきます。
父親の支えは費用の負担だけではありません。本人が夢中になったテニスへ時間を割き、より高いレベルへ進める機会を探し続けていました。
錦織圭の母親はピアノ講師!恵理さんが支えた家庭環境
錦織圭さんの母親は恵理さんです。父親がテニスとの出会いや競技面でたびたび登場する一方、母親も家庭の中から錦織さんの成長を支えていました。
母親の職業はピアノ講師
テニスマガジンONLINEでは、母・恵理さんについてピアノ講師と紹介しています。
錦織さん自身も3歳頃から母親の影響でピアノを習いました。スポーツだけでなく音楽にも触れ、水泳、ピアノ、サッカー、テニスとさまざまな経験を重ねています。
母親の仕事は土日にレッスンが入ることがあり、週末には父親が姉弟と過ごす時間が増え、それがテニスへつながったとも報じられています。
母親のピアノレッスンが入る週末に父親が姉弟と過ごすことが増え、その時間が家族でテニスを始めるきっかけにもなりました。
母親は錦織圭の強さを「切り替えのうまさ」と表現
恵理さんは、錦織さんが世界的にブレイクする前から、息子の精神面について取材で語っています。
2006年末に行われたテニスマガジンのインタビューでは、錦織さんの精神的な強さを「切り替えのうまさ」と表現していました。
劣勢になっても次のポイントへ意識を移し、試合の流れを変える。後に世界トップクラスで戦ううえでも重要になった特徴を、母親は10代の頃から見ていました。
また、7歳頃には家族でテニスをしても母親では相手にならなくなり、自身は点数係に回ったというエピソードも過去の報道で紹介されています。父親が練習相手を務める一方、母親は少し離れた場所から競技生活を支えていました。
錦織圭の家族構成は父・母・姉・本人の4人家族
錦織圭さんが生まれ育った家庭は、父・清志さん、母・恵理さん、4歳上の姉・玲奈さん、本人の4人家族です。
中でも姉の存在は、錦織さんがテニスを始めた頃から大きなものでした。
4歳上の姉・玲奈さんと一緒にテニスを始めた
姉の玲奈さんも、父親がハワイから買ってきたラケットを受け取った一人です。
父親は姉弟と家族でテニスを楽しみたいという思いから2人へラケットを渡しました。その後、自宅前での壁打ちや週末の練習が始まります。
過去の朝日新聞系の記事では、父親が、姉弟で取り組んだことで互いに愚痴を言える逃げ場があったと振り返っています。幼い頃は年上の姉になかなか勝てず、初めて勝ったのは小学6年生の頃だったとも紹介されています。
4歳年上の姉は、一緒にテニスを始めた仲間であると同時に、幼い圭さんにとって身近なライバルでもありました。
母方には渡哲也・渡瀬恒彦兄弟との親戚関係も
錦織圭さんの家系では、俳優の渡哲也さん、渡瀬恒彦さん兄弟とのつながりも報じられています。
withnewsが紹介した過去の週刊朝日の記事によると、母方の縁戚に渡さん兄弟がおり、錦織さんの曽祖父と渡哲也さんの祖母がきょうだいにあたるとされています。
母方にはこうした著名人との縁もありますが、かなり遠い親戚関係です。
現在は錦織圭自身も父親に
父・清志さんからラケットを贈られてテニスを始めた錦織圭さんも、現在は自身が父親になっています。
そして2026年は、20年近くにわたったプロ選手生活の最後のシーズンです。8月28日には、全米オープン公式サイトが、予選決勝で坂本怜選手に敗れ、四大大会での最後の試合を終えたことを伝えました。
2026年9月1日時点では、現役最後の大会として木下グループジャパンオープンへの出場が予定されています。大会公式サイトによると、本戦は9月30日から10月6日まで東京・有明で開催予定です。
まとめ|錦織圭の実家・両親や家庭環境について分かったこと
錦織圭さんの実家や両親について、主要報道やテニス専門媒体から確認できる内容を振り返ります。
- 実家は島根県松江市郊外の2階建て住宅と報道
- 豪邸・資産家だったと裏付ける本人発信や主要報道は見当たらない
- 父親は森林土木の技術者を経て2008年当時は自営業
- 母親はピアノ講師で、錦織さん自身も幼少期にピアノを経験
- 水泳・ピアノ・サッカー・テニスなど複数の活動を経験
- テニスの始まりは父親がハワイで購入した3000円ほどの子ども用ラケット
- 13歳でのIMGアカデミー留学には盛田正明テニス・ファンドの支援あり
- 2026年シーズン限りで現役を引退する予定
錦織圭さんのテニス人生は、松江で父や姉とラケットを握ったところから始まりました。
家族が長く競技を支え、本人が全国で結果を残した後は外部基金のサポートも加わり、世界へ進む道が開かれていきました。
