ダチョウ倶楽部のメンバーとして長年活躍し、芸能界屈指の食通としても知られる寺門ジモンさん。肉や寿司への並々ならぬこだわりから、「ネイチャージモン」「肉の伝道師」と呼ばれることもあります。
そんな寺門ジモンさんについて注目されているのが、実家は金持ちなのかという疑問です。肥後克広さんが実家を「料亭のような家」「大金持ち」と表現したことや、大きな庭、茶室などのエピソードから、裕福な家庭で育ったと見る声があります。
寺門ジモンさんの実家が金持ちと言われる理由に加え、料亭を経営していたという説の背景、出身地である兵庫県川西市との関係、母親からの仕送りや幼少期のグルメエピソードも紹介します。
実家を訪れた肥後克広さんが「大金持ち」「料亭のような家」と表現し、広い庭や大きな庭石があったと証言しています。寺門ジモンさん本人も実家に茶室があったことを認めています。
寺門ジモンさん本人は「実家が大金持ち」という表現を否定しており、家族の資産額や両親の職業、土地・建物の規模も公表されていません。
※記事内で確認できる情報をもとに、実家リッチ名鑑独自の基準で判定しています。
寺門ジモンの実家は金持ち?裕福と言われる4つの背景
結論からいうと、寺門ジモンさん本人は「実家が大金持ち」という表現を否定しています。一方、茶室があったことは本人が認めており、広い庭や大きな庭石については肥後克広さんが語っています。
実家について現在確認できる主なポイントは、次のとおりです。
| 金持ち説 | 本人は否定、肥後克広さんは「大金持ち」と発言 |
| 実家の様子 | 茶室は本人が認め、広い庭や庭石は肥後克広さんが証言 |
| 料亭説 | 家業の公表なし。家の印象を表した発言 |
| 出身地 | 兵庫県川西市 |
| 現在の住所 | 公表されていない |
実家の資産額や家業は公表されていませんが、裕福と見られる背景になった複数のエピソードが伝えられています。
肥後克広が「実家は大金持ち」と明かしている
寺門ジモンさんの実家が金持ちと言われる大きな理由は、同じダチョウ倶楽部の肥後克広さんによる証言です。
2023年1月に放送されたフジテレビ系『ぽかぽか』で、肥後克広さんは寺門ジモンさんの実家について「大金持ち」と発言しました。当時のやり取りは、日刊スポーツの番組報道でも確認できます。
肥後克広さんは、過去に寺門ジモンさんの実家を訪れたことがあるそうです。そのため、単なるネット上の説ではなく、実際に家を訪れたメンバーによるエピソードとして注目されました。
一方、寺門ジモンさんは「実家が大金持ち」という発言に対し、番組内で否定を示す「×」の札を上げています。
ただし、その後に実家には茶室があったと説明しました。資産額は分からないものの、一般住宅としては印象に残る造りだった様子が伝わります。
実家には茶室と大きな庭があった
肥後克広さんによると、寺門ジモンさんの実家は「料亭というか」と表現したくなるほど立派な造りだったそうです。
肥後克広さんは、広い庭に大きな庭石が置かれ、家の中には茶室もあったと説明しています。2025年のイベントでも同様の話をしており、ORICON NEWSのイベント報道では、庭を「公園かと思った」と表現したことが伝えられています。
寺門ジモンさん本人も、茶室があったことは認めています。茶室に加え、広い庭や大きな庭石があったという肥後克広さんの話から、ゆとりのある住環境だった様子がうかがえます。
肥後克広さんは「庭の遠くに黒毛和牛が歩いていた」と冗談も交えていましたが、寺門ジモンさんは黒毛和牛については否定しています。
幼少期の写真に立派な日本庭園が写っていた
寺門ジモンさんの実家については、幼少期の写真も話題になりました。
2022年に放送された日本テレビ系『世界まる見え!テレビ特捜部』では、寺門ジモンさんが家族と一緒に写った少年時代の写真が紹介されています。
Smart FLASHの番組報道によると、写真の背景には立派な日本庭園が写っており、ビートたけしさんも家の様子に驚いていました。肥後克広さんも、このときに「実家は金持ち」「おぼっちゃん」と発言しています。
現在の実家の外観や詳しい住所が公開されたわけではありませんが、テレビで紹介された幼少期の写真も、裕福な家庭だったと言われる理由の一つになっています。
60歳になっても母親から仕送りを受け取っていた
寺門ジモンさんは2023年の『ぽかぽか』で、母親から仕送りを受け取ることがあると明かしました。
本人によると、母親から届く缶詰などの荷物の中に、お金が入っていることがあったそうです。当時、寺門ジモンさんは60歳でした。
母親に経済的に頼って生活しているという説明ではなく、何歳になっても息子を気にかけ、荷物と一緒にお金を送ってくれるという親子のエピソードです。
寺門ジモンさんは、母親にとって自分はいつまでも本名の「義人」から取った「ヨシ坊」なのだと語っていました。実家の裕福さを直接証明する話ではありませんが、母親との親密な関係が伝わってきます。
茶室は寺門ジモンさん本人が認め、広い庭や庭石は肥後克広さんが語っています。ただし、実家の資産額は公表されておらず、仕送りだけで裕福さを判断することはできません。
寺門ジモンの実家は料亭?店を経営していた事実は確認できない
寺門ジモンさんの実家については、「料亭だったのではないか」という説もあります。
しかし、本人発信や所属事務所の情報、主要報道では、寺門家が料亭を経営していた事実は公表されていません。
「料亭」は実家の見た目を表した言葉
寺門ジモンさんの実家が料亭だと言われるようになったのは、肥後克広さんの発言がきっかけです。
肥後克広さんは、寺門ジモンさんの実家を訪れたときの印象について、「何だろう、料亭というか」と表現していました。
実家が料亭を営業していたと説明したのではなく、立派な建物や庭の雰囲気を料亭にたとえた発言です。茶室があり、大きな庭石が置かれた庭だったため、高級料亭のように見えたのでしょう。
「寺門ジモンの実家は料亭」という部分だけが広がると、家族が飲食店を経営していたようにも受け取れますが、元の発言は家の外観や規模を表したものです。
料亭の店名や営業情報は公表されていない
寺門家が経営していたと確認できる料亭の店名や店舗情報は見当たりません。
本人や所属事務所のプロフィール、主要なインタビューや報道でも、実家の家業が料亭だったとは紹介されていません。
そのため、実家の料亭説は、料亭のように立派な住宅だったという肥後克広さんの表現から生まれたものです。寺門ジモンさんが芸能界屈指の食通として知られていることも、家業と混同される一因になったのかもしれません。
実家の現在の写真は公表されている?
寺門ジモンさんの実家について、現在の建物全体や外観が分かる公式写真は公表されていません。
テレビ番組では、立派な日本庭園を背景に家族で撮影した幼少期の写真が紹介されましたが、現在の実家を撮影したものではありません。
肥後克広さんが語った茶室や広い庭についても、建物全体を確認できる写真は公開されていません。確認できるのは、テレビで紹介された幼少期の写真と、本人や肥後克広さんが語ったエピソードです。
「料亭」は実家の印象を示した肥後克広さんの表現であり、寺門家が料亭を経営していたという発表ではありません。
寺門ジモンの実家は兵庫県川西市?
寺門ジモンさんは、兵庫県川西市出身です。
ただし、川西市出身という公式情報と、現在の実家がある場所は同じ意味ではありません。
出身地は兵庫県川西市
寺門ジモンさんの出身地は、兵庫県川西市です。
松阪市ブランド大使の公式プロフィールでも、兵庫県川西市出身と紹介されています。
川西市は兵庫県の南東部に位置し、大阪府との県境に近い地域です。大阪方面への交通の便が良い一方、市北部には山や自然も広がっています。
寺門ジモンさんは昆虫採集や自然が好きなことでも知られ、「ネイチャージモン」という呼び名を持っています。ただし、現在の趣味と川西市での生活を直接結びつけた本人発言は確認されていません。
現在の実家の住所は公表されていない
寺門ジモンさんの出身地は川西市と確認できますが、現在も同じ市内に実家があるのかは公表されていません。
肥後克広さんが訪れたという茶室や日本庭園のある家についても、住所や具体的な地域は明らかになっていません。
したがって、現在の実家の詳しい場所は公表されていません。確認できるのは、兵庫県川西市出身であることと、家族と暮らした家に茶室や広い庭があったという発言までです。
川西市は公式に確認できる出身地ですが、現在の実家所在地として公表された情報ではありません。
寺門ジモンは幼少期から食へのこだわりが強かった
寺門ジモンさんは、子供の頃から味や香りに敏感で、自分のお金を使って飲食店へ足を運んでいました。
実家の資産状況とは別に、幼少期から続く食への好奇心が、現在のグルメ活動につながっています。
小学生の頃から銀座へ一人で寿司を食べに行っていた
寺門ジモンさんは、小学生の頃から自分のお金で食べ歩きをしていました。
本人はwithnewsのインタビューで、お年玉を貯め、一人で銀座へ寿司を食べに行ったと語っています。
小学生が一人で銀座の寿司店に入ったため、店の人も驚いた顔をしていたそうです。
親に高級店へ連れて行ってもらうだけでなく、自分のお年玉を使って食べたいものを追求していたところに、現在につながる強い探究心が表れています。
幼少期から松阪牛を食べていた
寺門ジモンさんは、幼い頃から三重県松阪市を訪れていました。
松阪市の公式プロフィールには、先祖のお墓が松阪市にあり、幼少期からよく通っていたことが記載されています。本人もインタビューで、母方の実家のお墓が松阪にあったため、現地で松阪牛を食べていたと語っています。
その後、肉への関心を深めて家畜商の免許を取得し、松阪肉牛共進会では牛一頭を落札した経験もあります。2012年からは松阪市ブランド大使を務めています。
幼少期に本場の松阪牛に触れた経験は、現在の肉に関する活動へ続く原点の一つといえそうです。
母親のハンドクリームの香りにも気づくほど敏感だった
寺門ジモンさんは、子供の頃から味や香りに非常に敏感でした。
母親がハンドクリームをつけた状態でしゃもじを使うと、ご飯に香りが移ったことにも気づいたそうです。手で直接ご飯に触れていないため、母親は不思議そうにしていたといいます。
また、焼きそばの作り方にも自分なりのこだわりがあり、母親が作ったミートソースの味に納得できず、家出したことも番組で明かしています。
幼い頃から味や香りのわずかな違いに反応していたことを考えると、食への情熱は大人になって急に生まれたものではなかったことが分かります。
幼少期から松阪市を訪れていたことや、現在ブランド大使を務めていることは、松阪市の公式プロフィールで確認できます。
寺門ジモンのプロフィールと現在の活動
寺門ジモンさんの基本プロフィールは、次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 芸名 | 寺門ジモン | ダチョウ倶楽部のメンバー |
| 本名 | 寺門義人 | てらかど よしひと |
| 生年月日 | 1962年11月25日 | 公式プロフィールに記載 |
| 年齢 | 63歳 | 2026年8月時点 |
| 出身地 | 兵庫県川西市 | 松阪市公式プロフィールに記載 |
| 身長 | 169cm | 太田プロダクション公式プロフィールに記載 |
| 所属 | 太田プロダクション | ダチョウ倶楽部として活動 |
| 特技 | マラソン・料理・美食 | 公式プロフィールに記載 |
| 主な活動 | お笑い・俳優・映画監督・グルメ番組 | YouTubeでも発信 |
本名は寺門義人
寺門ジモンさんの本名は、寺門義人さんです。
太田プロダクションの公式プロフィールでは、本名、生年月日、出身県、身長、特技などが掲載されています。
母親からは、本名の義人にちなんで「ヨシ坊」と呼ばれていることを明かしています。芸名の「ジモン」は、本名の名字である「寺門」を音読みしたものです。
ダチョウ倶楽部では、肥後克広さんや上島竜兵さんとともに体を張った芸で人気を集めました。一方、寺門ジモンさんは肉、昆虫、筋力トレーニングなど、興味を持った分野を深く追求する人物としても知られています。
2026年にもグルメ番組やYouTubeで活動
寺門ジモンさんは、2026年にもテレビ番組や動画配信で活動していることが確認できます。
フジテレビ系では、寺門ジモンさんが自ら取材交渉を行う『寺門ジモンの取材拒否の店』公式ページが公開されており、2026年1月には新春スペシャルが放送されました。
CS放送では『寺門ジモンの肉専門チャンネル』が案内され、YouTubeチャンネル『寺門ジモンのウザちゃんねる』でも飲食店や肉、自然などに関する動画を発信しています。
幼少期から変わらない食へのこだわりが、現在は番組、書籍、映画、YouTubeなど幅広い仕事につながっています。
寺門ジモンの実家と金持ち説に関するまとめ
寺門ジモンさんの実家について、本人発言や主要報道から確認できる要点は次のとおりです。
【まとめ】
- 本人は「実家が大金持ち」という表現を否定
- 茶室は本人が認め、広い庭や庭石は肥後克広さんが証言
- 「料亭」は肥後克広さんが家の印象を表した言葉
- 寺門家が料亭を経営していた事実は公表なし
- 幼少期の写真には立派な日本庭園が写っていた
- 出身地は兵庫県川西市
- 現在の実家の住所や資産額は公表なし
- 幼少期から食へのこだわりが強く、現在の活動へつながっている
寺門ジモンさんの実家がどの程度の資産を持っていたのかは公表されていません。一方、茶室があったことや、広い庭と大きな庭石があったという話は、本人と肥後克広さんの発言から確認できます。
子供の頃から続く食への情熱を仕事に変え、独自の立ち位置を築いたことも、寺門ジモンさんならではの魅力です。
