山之内すずさんは、2001年10月3日生まれのタレント・俳優です。
兵庫県神戸市出身で、2019年にABEMA『白雪とオオカミくんには騙されない♡』へ出演したことをきっかけに芸能界デビューしました。Uniiiqueの公式プロフィールでも、神戸市生まれであることや現在の活動が紹介されています。
明るく親しみやすい印象のある山之内さんですが、2026年4月にはABEMAの企画で、これまで詳しく語ってこなかった家庭環境や学生時代を告白しています。
物心がつく頃には両親が離婚していたこと、中学生になる頃から母親との2人暮らしになったことに加え、中学・高校時代には食費にも困るほど生活が厳しい時期があったと本人が明かしました。
山之内すずさんがどのような家庭で育ったのか、生い立ちや母親・兄・祖母との暮らし、学生時代の生活を詳しく紹介します。あわせて、実家の住所について公表されている範囲や、現在も続く神戸とのつながりも紹介します。
中学時代に友人から昼食のおかずを分けてもらったことや、高校時代にアルバイトを掛け持ちしながら食費にも困っていたことを本人が明かしています。実家で暮らしていた学生時代に、家庭の経済状況に関する具体的な苦労が確認できます。
幼少期には母親の交際相手と同居し、本人もさまざまな経験をさせてもらったと語っています。一方、記事で確認した本人発言・公式情報・主要報道では、実家の資産額や世帯年収は示されていません。
※記事内で確認できる情報をもとに、実家リッチ名鑑独自の基準で判定しています。
山之内すずの実家は金持ち?生い立ちでは生活が厳しい時期を告白
山之内すずさんの家庭環境は成長に伴って変化しており、中学生以降には本人が金銭的な苦労を具体的に明かしています。幼少期から高校時代までの暮らしを見ると、実家の経済状況を判断する材料が複数あります。
物心がつく頃には両親が離婚していた
山之内すずさんは2001年に神戸市で生まれましたが、ABEMA TIMESで紹介された本人の告白によると、物心がつく頃には両親が離婚していました。
小学校へ上がる前までは、祖母・母親・兄・山之内さんの4人で暮らしていたといいます。父親と一緒に暮らしていた時期や現在の父親との関係については、今回確認した本人発言では詳しく語られていません。
そのため、山之内さんは幼い頃から主に母親を中心とした家庭で育ってきたことが分かります。
小学生時代は母親の交際相手とも同居
小学校へ入学してしばらくすると家庭環境が変わり、母親・母親の交際相手・兄・山之内さんの4人で暮らすようになりました。
山之内さんは当時について、母親の交際相手のおかげでさまざまな経験をさせてもらった一方、自分の本心を口にしにくかったとも振り返っています。学校から帰る前にはマンションの下で好きな音楽を聴き、一度泣いて気持ちを落ち着かせてから家へ戻っていた時期もあったそうです。
小学生時代は生活を支える大人が複数いた時期でもあり、経済面だけを切り取って家庭状況を判断することはできません。一方で、本人にとって精神的には複雑な時期だったことが語られています。
中学生になると母親と2人暮らしに
家庭の状況が大きく変わったのが、中学生になる頃です。
兄が全寮制の学校へ進み、母親の交際相手も家を離れたことで、山之内さんは母親との2人暮らしになりました。本人は、大人が2人から1人になったことで金銭面の状況も変わり、「自分に使ってもらえるお金はない」と感じていたことを明かしています。
中学時代の昼食はコンビニのおにぎりを用意し、友人から少しずつおかずを分けてもらうこともありました。事情を知った友人の母親が、山之内さんの分までおかずを多めに作ってくれることもあったそうです。
こうした本人の発言からは、少なくとも中学生以降、日々の食費にも気を配らなければならないほど、家計に余裕がない時期があったことが分かります。
山之内さん自身が中学時代の金銭的な苦しさを具体的に語っており、実家時代に経済的な苦労があったことを確認できます。
山之内すずの実家はどこ?神戸市須磨区で育った生い立ちを紹介
山之内すずさんの実家の詳しい住所や番地は公表されていません。
一方、所属先の公式プロフィールでは兵庫県神戸市生まれとされ、主要報道では神戸市須磨区出身と紹介されています。公開情報から、育った地域として確認できるのは須磨区までです。
須磨の海が身近にある環境で育った
2023年に須磨海浜公園で行われたイベントでは、山之内さん自身が幼い頃から須磨の海に親しんでいたことを語っています。
神戸新聞NEXTによると、家から海が近く、友人と坂を駆け下りて海水浴へ行っていたという地元ならではの思い出も明かしていました。
番地や建物まで分かる情報ではありませんが、須磨の海が身近にある地域で育ったことは本人の発言から確認できます。
マンション全体で子どもを見守るような地域だった
2025年の「第2回神戸賞授賞式」では、山之内さんが地元での暮らしについてさらに詳しく語っています。
日テレNEWS NNNによると、幼少期に暮らしていた場所はマンション全体で育児をするような雰囲気があり、年齢に関係なく子どもたちが公園に集まり、悪いことをすると別の家庭の母親から叱られることもあったそうです。
山之内さん自身も、家族だけではなく地域に育ててもらったという実感があると振り返っています。
中学・高校時代にも、友人の母親が昼食のおかずを用意してくれたり、近所の店が食事を出してくれたりすることがありました。本人が語る地元の思い出には、家族だけではない地域の人たちとの関わりが何度も登場します。
山之内すずの実家の家族構成|母親・兄・祖母との暮らし
山之内すずさんが本人の発言で明らかにしている家族は、主に父親・母親・兄・祖母です。ただし、幼少期からずっと同じ家族構成で暮らしていたわけではなく、成長に伴って同居する家族も変わっています。
母親とは中学生以降2人暮らし
両親は山之内さんが物心つく頃には離婚しており、その後は主に母親のもとで育ちました。
中学生になる頃、兄が全寮制の学校へ進み、母親の交際相手も家を離れたことで母娘2人での生活が始まります。この時期から金銭面でも厳しくなったことを山之内さん本人が語っています。
母親の勤務先や収入など、一般人である母親の詳しい職業情報は、今回確認した本人発信や主要報道では示されていません。
兄は全寮制の学校へ進学
山之内すずさんには兄がいます。
小学生時代までは兄も同居していましたが、山之内さんが中学生になる頃には兄は全寮制の学校へ進学しています。
兄については、氏名や現在の職業など詳しいプロフィールは公表されていません。
幼少期には祖母とも暮らしていた
小学校入学前までは祖母も同居しており、祖母・母親・兄・山之内さんの4人で暮らしていました。
その後は母親の交際相手との生活を経て、最終的には母親との2人暮らしへ移っています。「実家」とひとことで言っても、山之内さんの場合は成長する中で家族構成や生活環境が何度か変化していたことが分かります。
高校時代も生活費を稼ぐためアルバイトを掛け持ち
中学時代だけでなく、高校進学後も金銭的に厳しい生活は続いていました。
ABEMA TIMESで紹介された本人発言によると、授業料の高い私立高校へ進む選択肢はなく、県立高校へ進学。高校へ入るとすぐにアルバイトを始めています。
ハンバーガー店と居酒屋で14~15連勤することも
高校時代はハンバーガー店で働きながら、さらに収入を増やすため居酒屋のアルバイトも掛け持ちしていました。
本人によると、14~15日連続で働くことも珍しくなかったといいます。それでも食事代に困り、学校では友人から50円ずつ出してもらい、学食のうどんを食べることもあったそうです。
近所の店が、ほとんど無料に近い形で食事を出してくれることもありました。高校時代の生活には、家計の厳しさだけでなく、友人や近所の人が食事面で手を差し伸べてくれた具体的なエピソードも残っています。
高校の養護教諭に初めて悩みを打ち明けた
高校では保健室登校が続いた時期もあり、そこで出会った養護教諭が山之内さんにとって大きな存在になりました。
それまで自分の苦しさを抱え込んできた山之内さんは、保健室で初めて思いを打ち明けたといいます。先生から自分自身の人生を生きていいという趣旨の言葉をかけられ、自分のことを本当に心配してくれる大人がいると感じたことを振り返っています。
友人の母親が昼食を用意してくれたこと、近所の店が食事を出してくれたこと、養護教諭へ初めて悩みを話せたことなど、学生時代には家族以外の人との具体的な関わりも数多くありました。
17歳で上京し芸能界へ|現在も神戸とのつながりを大切に
高校時代、SNSへの投稿が芸能事務所の目に留まったことから芸能活動が始まりました。
2019年にはABEMA『白雪とオオカミくんには騙されない♡』へ出演し、広く知られる存在になります。所属先の公式プロフィールでも、この番組への出演が芸能界デビューのきっかけとして紹介されています。
17歳で東京へ移った当初については、段ボール2箱ほどの荷物で上京し、床で寝るところから東京生活が始まったことも2026年のABEMA企画で明かしています。
その後もテレビ番組やCM、映像作品などで活動し、Uniiiqueが2026年5月1日に発表した事業統合に伴って、インキュベーションからUniiiqueへ移籍しました。2026年9月時点でもUniiique所属タレントとして活動しています。
一方で、上京後も神戸への思いは強く、須磨でのイベントや神戸に関する企画にも参加しています。幼少期の海遊びや地域の人たちとの交流など、学生時代までの具体的な思い出が残る神戸は、現在も本人がたびたび言葉にする場所です。
山之内すずの実家・生い立ちまとめ
山之内すずさんの実家や生い立ちを見ると、成長に伴って家族構成や暮らしが変化していたことが分かります。特に中学・高校時代については、本人が経済的な苦労を具体的に語っています。
山之内すずさんの実家については、裕福さを裏付ける材料よりも、中学・高校時代に本人が経験した生活の厳しさが具体的に語られています。一方で、友人や地域の人たちとのつながりも本人の生い立ちにたびたび登場し、現在も神戸との関係が続いています。
記事作成・判定にあたり、主に参照した資料です。
※掲載内容は記事作成・更新時点で確認した情報をもとにしています。






